体験記退寮の日期間工7社経験
退寮の朝に寮の鍵を返す期間工のイラスト
期間工を辞めたというより、一つの生活を会社へ返した。

退寮日の朝。部屋の中央に、ボストンバッグと段ボール箱が置かれていた。昨日まで使っていた布団はない。机の上にも、もう何も残っていない。カーテンを開けると、朝の光で部屋がいつもより広く見えた。

初めてこの部屋へ入った日も、荷物は少なかった。あのときは、これからどんな生活が始まるのか分からなかった。今日は違う。これからどこへ行くのかが、まだはっきり決まっていなかった。

何か月も暮らした部屋は一日で空になった

退寮の準備は数日前から始めていた。持っていく物、捨てる物、宅配便で送る物を一つずつ分けた。寮へ入ったときはボストンバッグ一つだったのに、何か月も生活しているうちに物は少しずつ増えていた。服、日用品、調理器具、配達バッグ、パソコン。必要だと思って買ったのに、結局ほとんど使わなかった物もある。

最後まで残ったのは、財布、スマホ、充電器、着替え、書類、パソコン。すぐに使う物だけだった。冷蔵庫を空にし、ごみをまとめ、床を掃き、机を拭く。やることは単純なのに、荷物を減らしていくと、生活が一つずつ消えていくように見えた。

退寮前にやること 期間工の満了後はどうする?退職1カ月前に考えた仕事・住居・お金

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壁に残った跡

ベッドを動かした場所、配達バッグを置いていた壁際、パソコンを開いていた机。何もなくなると、壁や床に小さな跡が残っていた。自分が付けた傷なのか、前からあったものなのか分からない。この部屋には、自分より前にも誰かが住んでいた。その人も工場へ通い、夜勤をして、給料日を待ち、いつか鍵を返して出ていったのだと思う。そして今日、自分も出ていく。

期間工の寮は、長く住み続ける家ではなかった。働く期間だけ借りる、一時的な生活の場所だった。分かっていた。それでも、自分の部屋ではなくなると思うと少し寂しかった。

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この部屋で考えていたこと

最初は、食事をしてシャワーを浴びて眠るだけの場所だった。でも振り返ると、生活を立て直すために始めたことの多くは、この部屋から始まっていた。

  • 前夜
    給料日前残高3,842円を見た

    このままでは何も変わらないと思った。

  • 貯金
    ある夜口座残高が100万円を超えた

    安心より先に、辞めたら何か月持つのかを考えていた。

  • 配達
    バッグが届いた日狭い部屋で配達バッグを広げた

    初めての報酬を何度も見た。

  • ブログ
    アクセス0から一行ずつ書いた

    やがて、初めて一円が発生した。

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ドアを閉めた

押し入れ、机の下、窓の周り、冷蔵庫の中。忘れ物がないかを確認し、窓を閉め、エアコンを止め、照明を消す。これまでも出勤するときに部屋を出ていたけど、それは仕事が終われば戻ってくる場所だった。今日は違う。一度ドアを閉めれば、もう自分の鍵では開けられない。

廊下へ出てドアを閉めると、カチッと小さな音がした。鍵を差し、回し、施錠を確認する。夜勤へ行くときも、配達へ出るときも、何度も繰り返した動作だった。ドアの前に少し立っていた。忘れ物がある気がした。実際には、何も忘れていない。部屋の中に残してきたのは、物ではなかった。

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廊下を歩き、鍵を返した

共同風呂へ向かうときに通った廊下。洗濯物を持って歩いた廊下。夜勤明け、眠気の中で歩いた廊下。昼間に眠れず、足音に腹を立てたこともある。寮生活が快適だったとは言えない。それでも、この廊下を歩くのは今日で最後だった。顔は見たことがあるけど名前は知らない人とすれ違い、軽く頭を下げた。同じ寮で暮らしていても、最後まで名前を知らない人は多かった。

管理人

「忘れ物はありませんか」「お疲れさまでした」

部屋番号、名前、返却する物を確認され、何度もポケットへ入れた鍵を渡した。特別な手続きがあるわけでも、感謝状を渡されるわけでもない。鍵が自分の手から離れる。ただ、それだけだった。でも、仕事を辞めたときよりも強く、期間工生活が終わったと感じた。

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仕事と家を同時に失う感覚

期間工を満了すると、仕事だけが終わるわけではない。寮に住んでいれば、住む場所も同時に変わる。昨日までは工場があって、帰る寮もあった。今日は、どちらにも自分の場所がない。自由になった。同時に、所属する場所がなくなった。

次の勤務先が決まっているわけではない。ブログで生活できるわけでもない。配達はできるけど、走らなければ収入はない。貯金はあるけど、使えば減る。満了前に考えていた不安が、一つずつ現実になっていた。

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100万円は時間を買うためのお金だった

給料日前に残高3,842円を見ていた頃なら、仕事も住む場所もなくなることに耐えられなかったと思う。すぐに次の求人へ応募し、条件を比べる余裕もなく働く場所を決めていたかもしれない。今は、少しだけ時間がある。その余裕を作るために、夜勤をして、残業をして、コンビニへ行く回数を減らし、満了金を残した。

100万円は、人生を変えるお金ではなかった。それでも、次を焦って決めなくていい時間を買うお金にはなった。鍵を返した朝、その意味がはっきり分かった。

体験記 残高が100万円を超えた日

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寮の外へ出た

荷物を地面へ置き、一度だけ寮を見上げた。仕事へ向かうときは振り返ることなどなかった。疲れて帰ってきたときは、早く部屋へ入りたいとしか思っていなかった。窓の並びで、どの部屋が自分の部屋だったか外からでも分かった。カーテンは開いていて、中には何もない。次に来る人のための部屋へ戻っていた。寮を出ればもっとすっきりすると思っていたのに、うれしさと不安が半分ずつだった。

ボストンバッグを肩にかけ、段ボール箱を持ち上げる。入ったときより荷物は増えていた。お金も、経験も、不安まで増えた気がした。それでも、入寮したときとまったく同じではない。工場で働けることも、夜勤を続けられることも分かった。自分がどんな生活で疲れ、何にお金を使いやすいのかも、少しだけ分かるようになった。配達も始めた。ブログも残っている。次へ持っていけるものはあった。

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寮へ戻らない朝

いつもの道を、今日は寮から離れる方向へ歩いた。振り返れば建物はまだ見える。少し進むと屋根だけになり、さらに進むと見えなくなった。最後の夜勤が終わった。ロッカーを空にした。寮の鍵も返した。期間工としての生活は、これですべて終わった。それでも、次の生活はまだ始まっていない。終わった場所と、始まっていない場所の間にいた。

鍵はもう返した。戻ろうと思っても、あの部屋へは戻れない。少し前まで、そのことが怖かった。今は、戻れないから前へ進むしかないと思った。仕事、ロッカー、作業着、部屋。全部なくなって、最後に残ったのは自分と荷物だけ。それでも、貯金がある。経験がある。書いた記事がある。次を考えるための時間がある。荷物を持ち直し、前を向いた。満了した翌日。予定は、まだ何もなかった。

体験記 ロッカーを空にした日 体験記の続き 期間工を辞めた翌日、予定は何もなかった