最後の夜勤が始まった。

いつもと同じ時間に起きた。

いつもと同じ作業着を着た。

いつもと同じ道を通り、

工場へ向かった。

特別なことは何もなかった。

工場の門も、

ロッカーの匂いも、

作業場の機械音も、

昨日までと同じだった。

それでも、

今日で最後だと思うと、

すべてが少し違って見えた。


最後の日でもラインは止まらない

朝礼が始まった。

班長が連絡事項を読み上げる。

今日の生産台数。

安全上の注意。

残業の有無。

自分が今日で最後だからといって、特別な話はなかった。

工場は一人の満了とは関係なく動いている。

ラジオ体操が終わる。

持ち場へ向かう。

工具を確認する。

ラインが動き始めた。

部品を取る。

取り付ける。

確認する。

次の製品が来る。

最後の日でも、

ラインは止まらなかった。

最初にこの工程へ入った時は、流れてくる速さについていくだけで必死だった。

次に何をするのか。

どの部品を取るのか。

工具をどこへ当てるのか。

頭の中で一つずつ確認していた。

少し遅れるだけで焦った。

後ろに流れていく製品を見るたび、自分だけが取り残されているような気がした。

それが今では、ほとんど考えなくても手が動く。

体が作業を覚えていた。

この仕事に慣れたのだと思う。

慣れた頃に、

辞める日が来た。

最初の夜勤を思い出した

休憩に入った。

自販機で飲み物を買い、いつもの席へ座った。

最初の夜勤を思い出した。

夕方に起きることが、まず不思議だった。

世間が一日を終えようとしている時間に、自分だけが仕事へ向かう。

夜中に食事をする。

朝になって工場を出る。

明るい時間にベッドへ入る。

生活の時間が、世間と反対になった。

最初の頃は、午前2時を過ぎると眠気が強くなった。

集中しようとしても、頭に薄い膜がかかったようになる。

時計を見る。

まだ3時。

次に見る。

3時7分。

夜勤の時間は、なかなか進まなかった。

昼間に眠ろうとしても、外は明るい。

寮の廊下から生活音が聞こえる。

眠らなければいけないと思うほど、眠れなくなる。

作業には慣れた。

夜勤の時間にも、ある程度は慣れた。

それでも、

昼間に眠る生活だけは最後まで好きになれなかった。

同期のロッカーはもう空だった

次の休憩で、

ロッカーへ戻った。

少し前まで、近くに同期の荷物が置かれていた。

同じ日に入社し、

同じように作業へ苦戦していた人だった。

休憩中に、仕事がきついと話した。

寮の食事の話もした。

満了金まで続けられるだろうかと、冗談のように話したこともあった。

その人は途中で辞めた。

詳しい理由は知らない。

ある日、仕事へ来なくなった。

ロッカーの中から荷物が消えた。

名前も外された。

それだけだった。

工場では、人がいなくなってもラインは動く。

新しい人が入り、

空いた場所を埋める。

自分も、最後の勤務が終われば同じだった。

明日から自分のロッカーは空になる。

少しすれば、

別の誰かが使うかもしれない。

そう考えると、

自分がここにいた時間も、

思っていたより簡単に消えていく気がした。


辞めたいと思っていたのに寂しかった

期間工を始めた頃は、

早く終わってほしいと思っていた。

ラインが止まる時間。

次の休憩。

給料日。

満了日。

いつも先のことばかり考えていた。

あと何時間。

あと何日。

あと何か月。

その数字を減らすように働いていた。

夜勤はきつかった。

同じ作業の繰り返しも苦しかった。

契約更新の紙を前に、何度も迷った。

正社員登用も目指さなかった。

満了後に何をするのか、班長から聞かれても、すぐには答えられなかった。

辞めたいと思っていた。

それなのに、最後になると少し寂しかった。

工場が好きになったわけではない。

夜勤を続けたくなったわけでもない。

ただ、

ここで過ごした時間まで嫌いだったわけではなかった。

残高が少なかった時に、毎月給料をくれた。

寮があった。

借金を返せた。

貯金も作れた。

生活が崩れかけていた自分を、もう一度立たせてくれた場所だった。

最後だからといって楽にはならない

後半の作業が始まった。

体は重かった。

最後の日でも疲れる。

最後の日でも眠い。

最後の日でも、部品は同じ速さで流れてくる。

感傷に浸っている余裕はなかった。

一つ取り付ける。

確認する。

次が来る。

一つ終わる。

また次が来る。

最後だからといって、ミスをしていいわけではない。

むしろ最後に問題を起こして終わりたくなかった。

いつも以上に確認した。

工具を置く位置。

取り付けた部品。

確認箇所。

ここまで何か月も続けてきた。

最後の一日も、

いつもどおり終わらせたかった。

班長に言われた一言

勤務終了が近づいた頃、

班長が近くへ来た。

「今日で最後だな」

そう言われた。

「はい」

と答えた。

何かもっと言うべきだったかもしれない。

ありがとうございました。

お世話になりました。

迷惑をかけました。

いろいろな言葉が頭に浮かんだ。

でも、実際に出たのは、

「お世話になりました」

だけだった。

班長は、

「次でも頑張れよ」

と言った。

以前、

「次はどうする」

と聞かれた時には答えられなかった。

今も、未来が完全に決まっているわけではない。

ブログで生活できるわけではない。

配達だけで安定しているわけでもない。

転職先が決まっているわけでもない。

それでも、

前よりは少しだけ答えを持っていた。

工場以外の道を作る。

そのために、次へ進む。

口には出さなかった。

ただ、

「ありがとうございます」

と返した。

最後の一台

終了時間が近づく。

ラインを流れる製品の数が減っていく。

最後の一台が来た。

部品を取る。

取り付ける。

確認する。

作業自体は、これまで何度も繰り返してきたものだった。

特別な技術でもない。

記念になるような作業でもない。

それでも、

これが最後だと思った。

確認を終える。

製品が次の工程へ流れていく。

自分の手から離れた。

ラインが止まった。

機械音が少しずつ小さくなる。

長かった夜勤が、

終わった。


工具を元の場所へ戻した

作業場を片づけた。

工具を決められた場所へ戻す。

使ったものを確認する。

足元を掃除する。

毎日やってきた作業だった。

明日から、自分はここへ立たない。

別の人が同じ工具を使う。

同じ場所に立つ。

同じように時計を見る。

最初の数週間は、作業についていくために必死になるかもしれない。

やがて体が慣れる。

その人も、いつか満了するかもしれない。

工場では、

人が入れ替わっても仕事は続く。

自分がいなくなっても何も変わらない。

少し寂しかった。

同時に、

それでいいとも思った。

工場にとって、自分は大勢いる作業者の一人だった。

でも自分にとっては、ここで過ごした時間が生活を立て直すための一部になった。

同じ時間でも、

意味は見る側によって違う。

作業着を脱いだ

ロッカーへ戻る。

作業着を脱ぐ。

汗と工場の匂いが染みついていた。

ロッカーの中には、ほとんど何も残っていなかった。

予備の手袋。

飲みかけの水。

小さなメモ。

必要なものをバッグへ入れた。

扉の内側を確認する。

忘れ物はない。

ロッカーを閉めた。

鍵を回す。

次にこの扉を開けることはない。

入社した頃は、この場所へ来るだけで緊張していた。

誰に声をかければいいか分からなかった。

着替える速さも分からなかった。

周りの人の動きを見ながら、同じように行動していた。

それが今では、

目を閉じても歩けそうなくらい慣れていた。

慣れた場所を離れるのは、

新しい場所へ入る時とは違う怖さがあった。

工場の門を出た

カードを通す。

工場の建物を出る。

外は明るくなり始めていた。

最後の夜勤も、

朝日で終わった。

初めて夜勤を終えた朝は、

光がまぶしすぎて目を細めた。

体は重く、

頭はぼんやりしていた。

こんな生活を続けられるのかと思った。

あれから何度も、

同じ朝を見た。

工場から帰る人。

これから出勤する人。

走っていく車。

開き始めた店。

世間の一日が始まる中で、

自分の一日は終わる。

最後の日も、

景色は同じだった。

工場の門を出て、

一度だけ振り返った。

大きな建物。

照明。

煙突。

機械の音。

明日も工場は動く。

でも、

自分はもう来ない。

満了したら自由だと思っていた

満了すれば、

自由になると思っていた。

夜勤へ行かなくていい。

目覚ましをかけなくていい。

ラインに立たなくていい。

寮へ戻って、

好きなだけ眠れる。

確かに自由になる。

でも同時に、

給料も止まる。

寮も出なければならない。

次の仕事は、自分で決めなければならない。

期間工として働いている間は、決められた時間に工場へ行けばよかった。

満了後は、

誰も行き先を決めてくれない。

自由は、

安心と一緒に来るものではなかった。

自分で次を決める責任と一緒に来た。

深夜2時の帰り道ではなかった

最後の帰り道。

もう深夜2時ではなかった。

夜勤が終わり、

空は朝になっていた。

寮へ向かって歩く。

配達アプリは開かなかった。

今日は走らない。

ブログのことも、

次の仕事のことも、

今は考えないことにした。

ただ、

最後の夜勤が終わったことを感じたかった。

つらかった。

辞めたいと思った。

何度も時計を見た。

眠れない朝もあった。

同期がいなくなった日もあった。

それでも、

最後まで働いた。

工場を辞めたからといって、

人生が変わるわけではない。

期間工ループから抜け出せたわけでもない。

まだ次の道は完成していない。

ただ一つ、

区切りはついた。

最後の夜勤が終わった。

これから先、

また工場へ戻ることがあるかもしれない。

それでも今は、

一度ここを出る。

工場の門が、

少しずつ遠くなっていく。

前に何があるかは、

まだはっきり見えなかった。

それでも、

後ろにある場所から離れることはできた。

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