フードデリバリーを始めた初日、売上は数百円だった。
今振り返れば、大した金額ではない。
食事をすればすぐになくなるし、期間工の残業を少ししたほうが効率はよかったと思う。
それでも、アプリの画面に初めて報酬が表示された瞬間は、今でも覚えている。
会社から振り込まれた給料ではない。
求人に応募して、採用されて、決められた時間に工場へ行って受け取った金でもない。
自分でアプリを起動し、注文を受け、店へ向かい、知らない人のところまで商品を運んだ。
その結果として、初めて自分一人の動きに数百円の値段がついた。
金額は小さかった。
でも、自分にとっては妙に重かった。
この記事では、フードデリバリー初日にアプリを起動してから、最初の売上が発生するまでを書いていく。
休日に配達アプリを起動した
フードデリバリーを始めたのは、期間工として働いていた頃だった。
平日は工場へ行き、決められた工程で同じ作業を繰り返す。
毎月決まった日に給料が振り込まれる。
生活は安定していたが、このまま工場だけで働き続けていいのかという不安があった。
特別な資格もない。
正社員として積み上げてきた経歴もない。
期間工を辞めたあと、自分に何が残るのかも分からなかった。
だからといって、いきなり会社を辞める勇気もない。
最初に考えたのが、休日だけできるフードデリバリーだった。
登録を済ませ、配達できる状態にはなっていた。
あとはアプリを起動するだけだった。
しかし、その「起動するだけ」が意外とできなかった。
注文が入ったら店へ行かなければならない。
商品を受け取り、住所を確認し、知らない家やマンションへ届ける。
店で何と言えばいいのか。
マンションの入口が分からなかったらどうするのか。
商品をこぼしたらどうするのか。
配達先を間違えたらどうなるのか。
まだ何も起きていないのに、失敗だけはいくらでも想像できた。

オンラインにしても注文が鳴らなかった

しばらく迷ったあと、ようやくアプリをオンラインにした。
これで注文が入れば、配達が始まる。
そう思って画面を見ていたが、何も起きなかった。
数分たっても鳴らない。
場所が悪いのかと思い、飲食店が多そうな方向へ移動した。
それでも鳴らない。
初日から注文が入らないと、今度は別の不安が出てくる。
登録方法を間違えたのではないか。
アプリの設定に問題があるのではないか。
そもそも自分のいる場所では、配達員を必要としていないのではないか。
始める前は注文が鳴るのが怖かった。
鳴らない時間が続くと、今度は鳴らないことが怖くなる。
人間は面倒である。
注文が来ても不安になり、来なくても不安になる。
ただ、待っている間にも時間は過ぎていく。
このまま何もせず帰れば、初日の売上は0円だった。
突然、スマホから音が鳴った

しばらくすると、突然スマホから通知音が鳴った。
画面には店の名前と、受け取り場所までの距離が表示されていた。
注文が来た。
待っていたはずなのに、実際に鳴ると一気に緊張した。
受けるか。
拒否するか。
考えている間にも、画面の時間は減っていく。
ここで拒否したら、また次の注文を待つことになる。
自分は注文を受けた。
その瞬間から、地図に店までのルートが表示された。
ただ待っていた時間が終わり、急に目的地ができた。
店へ向かいながら、頭の中では受け取り方を何度も確認していた。
店員に注文番号を見せる。
商品を確認する。
バッグへ入れる。
文字にすればそれだけだ。
しかし初日は、その全部が初めてだった。
店で商品を受け取るだけでも緊張した
店に到着すると、一般の客に混じって店内へ入った。
自分が配達員であることを、どのタイミングで伝えればいいのか分からなかった。
忙しそうな店員に声をかけるのも少し気が引ける。
それでも、アプリの画面を見せながら注文番号を伝えた。

店員は慣れた様子で商品を渡してくれた。
こちらが勝手に緊張していただけで、店側にとってはいつもの受け渡しだったのだと思う。
商品をバッグへ入れ、倒れないように位置を調整した。
中身が傾いていないか気になる。
バッグのふたを閉めても、本当に大丈夫なのか不安になる。
初日は、店を出たあとも何度かバッグを確認した。
配達経験が増えれば、商品を受け取ること自体は日常になる。
でも最初の1件では、店から商品を預かっただけで、少し後戻りできない感じがした。
ここからは、自分が届けなければ終わらない。
知らないマンションへ向かった
配達先は、行ったことのないマンションだった。
地図を見ながら向かったが、目的地へ近づくほど迷いやすくなった。
アプリ上では到着しているように見えるのに、建物の入口が分からない。
同じような建物が並んでいる。
裏側へ回るのか。
この細い道へ入るのか。
表札やマンション名を確認しながら、周辺を少し行き来した。

初日の配達では、数分の迷いでもかなり長く感じる。
商品が冷めていないか。
注文者が待っているのではないか。
遅いと思われていないか。
そんなことを考えながら、ようやく入口を見つけた。
部屋番号を確認し、呼び出しボタンを押した。
ここまで来れば、あとは渡すだけだった。
「ありがとうございます」で最初の配達が終わった
注文者へ商品を渡すと、「ありがとうございます」と言われた。
自分も何か返事をして、配達完了の操作をした。
それだけで最初の配達は終わった。
大きな失敗はなかった。
商品をこぼすこともなかった。
違う家へ届けることもなかった。
店員や注文者に怒られることもなかった。
始める前に想像していたほど、恐ろしいことは起きなかった。
アプリを見ると、報酬が表示されていた。
数百円。
時給で考えれば、効率がよかったとは言えない。
注文を待った時間もある。
店まで移動した。
受け取りにも緊張した。
マンションの入口も探した。
そこまでやって数百円だった。
ただ、自分にはその数百円が特別に見えた。

初めて会社の外で発生した売上だった
期間工として働けば、毎月給料を受け取れる。
決められた時間に出勤し、指示された仕事をすれば、給与が振り込まれる。
それはありがたいことだった。
しかし、フードデリバリー初日の報酬は、それとは少し違った。
誰かに採用されたから発生したわけではない。
上司から今日の仕事を割り振られたわけでもない。
自分でアプリを起動し、自分で注文を受け、自分で最後まで届けた。
動かなければ0円。
動けば、少額でも売上が発生する。
その単純さが新鮮だった。
それまでは、収入を増やしたければ残業するか、給料の高い会社へ移るしかないと思っていた。
でも、自分の休みの日にも金を生み出す方法がある。
初日の数百円は、そのことを初めて実感させてくれた。
売上より大きかったのは「自分でもできた」という感覚

初日の売上だけを見れば、成功とは言いにくい。
移動時間や待機時間を含めると、効率もよくなかった。
慣れない道で迷い、店では緊張し、配達先でも入口を探した。
それでも、0円ではなかった。
登録だけして何もしなければ、売上はずっと0円だった。
アプリをオンラインにして、最初の注文を受けたから、数百円が発生した。
一度配達を終えると、2件目への怖さは少し下がった。
店で何を見せればいいか分かる。
商品をどう受け取るかも分かる。
配達完了までの流れも分かった。
初日の1件目は、報酬以上に「一度やった」という経験が残った。
副業では、この最初の1回を超えられるかどうかが大きい。
始める前は、失敗する理由がいくらでも見つかる。
しかし、1回終わらせると、分からなかったことの多くはただの手順になる。
フードデリバリーは簡単に稼げる仕事ではなかった
最初の売上が発生したからといって、その後ずっと簡単に稼げたわけではない。
注文が少ない日もあった。
店で待たされることもあった。
住所が分かりにくい配達先もあった。
雨の日、真夏、深夜に走ることもあった。
長く稼働すれば、それだけ体も疲れる。
車両代、通信費、装備、飲食代などもかかる。
売上がそのまま利益になるわけでもない。
ネットでは「好きな時間に働げる」「すぐ稼げる」と書かれやすいが、実際は待機も移動もある。
注文がなければ、外にいても売上は0円だ。
それでも、働く時間を自分で選べることは、期間工をしながら続けるうえで大きかった。
休日に数時間だけ走る。
本業の勤務後に少しだけオンラインにする。
体調が悪ければ休む。
会社のシフトとは別に、自分で動かせる収入源を持てた。
初日の数百円から生活はすぐには変わらなかった
フードデリバリーを1日しただけで、人生が変わったわけではない。
借金がなくなったわけでもない。
工場を辞められるほど稼げたわけでもない。
初日の報酬だけなら、食事代で消えてしまう金額だった。
ただ、「会社以外から金を受け取る」という経験は残った。
それまで副業は、知識や才能のある人がするものだと思っていた。
自分には売れる商品もない。
人に教えられる特技もない。
パソコンを使って稼ぐ方法も分からない。
それでも、商品を店から注文者へ届ければ、報酬が発生した。
誰でも必ず稼げるとは思わない。
地域や時間帯、車両によって条件も違う。
しかし少なくとも自分にとっては、最初の1件が「何もない状態からでも始められる」と思えた瞬間だった。
まとめ|初日の売上は小さくても、0円とは違った
フードデリバリー初日の売上は、数百円だった。
効率だけを見れば、大した結果ではない。
注文が鳴るまで待ち、慣れない店で商品を受け取り、知らないマンションを探した。
それだけ動いて数百円だった。
でも、自分にとっては初めて会社の外で発生した売上だった。
アプリを起動しなければ0円。
注文を受けなければ0円。
不安なままでも最初の1件を届けたことで、数百円が発生した。
初日の売上で生活は変わらなかった。
ただ、「自分でも会社以外で金を作れるかもしれない」という感覚は残った。
フードデリバリーを始めた日のことを思い出すと、報酬額よりも、最初の注文が鳴ったときの緊張のほうをよく覚えている。
あの数百円は、金額以上に大きかった。